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ダンスの先生になった理由

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2026/6/20 [Sat] 0:19 UPDATE

この仕事を始めた理由

要するに、もう後がなかったからです。

22歳で専門学校を卒業しました。

ダンスの夢を諦めきれず、せっかく決まっていた内定も辞退。学童保育で非常勤講師をしながら、毎日ひたすら練習をしていました。

ちなみにこの時、国家試験で保育士資格を取得しています。(少し自慢です。)

周りの同級生たちは次々と社会へ出ていきました。

気が付けば私もブレイキン歴10年。26歳になっていました。

今では30代、40代でも現役で活躍する方がたくさんいますが、当時のシーンでは私は大会でも比較的年長の部類でした。

「そろそろ就職かな……」

そんなことを考えながら大会に出ては予選落ち。勝ち上がれてもベスト8止まり。

さらに追い打ちをかけるように、自分が全力で磨いてきた大技「エアチェア上げ」を、当時小学生だった Shigekix さんが軽々とやっている現実。

彼らのショーケースを見ながら、私は泣きました。

感動と絶望、その両方の気持ちで。

半ばやけっぱちで挑戦したのが、DANCE ALIVE 関東予選でした。

すると、なぜか優勝。

「これは……?」

「もしかして……?」

「神様がまだダンスをやめるなって言っているのか?」

そんなことまで考えました。

しかし当時のDANCE ALIVEはポイント制。

ファイナルに出場するには、もう一度結果を出さなければいけません。

それをよく理解していなかった私は、

「よっしゃー!」

と勢いだけで次の予選へ。

結果は見事に予選落ち。

情けない。

残る予選はあと1回。

優勝するか、他選手のポイント状況次第で準優勝でもギリギリ。

そして最後の舞台は大阪でした。

当時の大阪は、東京以上にレベルが高いと言われる激戦区。

お金もなかったので、格安の夜行バスでほとんど眠れないまま会場へ向かいました。

人見知りだった私は、知り合いもほとんどおらず、不安でいっぱいでした。

そんな中で迎えた大会。

結果は――準優勝。

「えっ?」

「なんで?」

「やっぱり神様?」

そんなことを思いながら、気付けばファイナル進出が決まっていました。

「マジかよ、神様。」

でも、その時の私は不思議と前向きではありませんでした。

むしろ逆でした。

自分でも分かっていたんです。

今出ている結果は、実力以上のものだと。

そして、自分のように弱いメンタルの人間が、同じ挑戦を続けられるとも思えませんでした。

だから考えました。

就職しよう。

ダンスは趣味にしよう。

そもそも、ダンスで食べていく道なんてあるのだろうか。

私は最初からダンスを職業にしたかったわけではありません。

じゃあ、自分のゴールは何だったんだろう。

そう考えると、

それなりに幸せに暮らせれば、それでいいのかもしれない。

そう思いました。

そして同時に、

「ああ、これはダンスをやめるためのきっかけなんだな」

とも思っていました。

ファイナルが終わったら就職しよう。

ダンスは趣味として続ければいい。

そう決めていました。

 

しかし

人生で初めて、自分の限界と現実を突きつけられ

今思えば、あの日が人生の分岐点でした。

そして皮肉なことに、

その絶望こそが、この仕事の始まりでした。

続く。

 

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